いろいろ思うこと
   
  >> ホーム
  >> RSS1.0
プロフィール

Author:skm2
FC2ブログへようこそ!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

 共有される歴史
12/2の土曜日、成田へ行った。

成田国際文化会館で開催されているイベントに行くためだ。
財団法人航空科学振興財団 歴史伝承委員会 の主催による、
土・くらし・空港― 「成田」40年の軌跡1966-2006
だ。

同時開催のイベントで小川紳介、小川プロダクションによる下記の映画会が開催されていた。
13:30〜『三里塚・第二砦の人々』1971年(143分)
16:30〜『映画作りとむらへの道』1973年(54分)

開場30分前ぐらいについていたのだが、だれも並んでいなかったので展示の方を先にのぞいて、10分前に戻ってみたらすでに30人ぐらいの行列。開場時間になりぞろぞろとはいっていったら、あれよあれよと席が埋まり、開演30分前にすでに会場は満席だった。
お客さんのほとんどは、地元の人とおぼしき人たち。以前、アテネ・フランセでみたような映画好きそうな若者はほとんどいなかった。当時、闘争に参加していただろうおばあちゃんたち、おじいちゃん、それから子どもや孫世代に当たるような人たちまで。それぞれがどういった立場なのかは知るよしもないが、そうしたことを感じさせられる顔ぶれだった。開演時には300席あった会場は全て埋まり、立ち見が出ていたほどだ。

開演早々から、フィルムの中では、闘争がはじまる。そしてそれが延々と淡々と続く。
聞き取りづらい方言、会場の関係で見えづらい字幕、さらには狭い会場の熱気と、空気の悪さ、ベンハーもびっくりな2時間半の長時間のフィルム、なかなかつらい時間となった。
とはいえ、そこかしこで背後から聞こえる「あれ、○○だ」とか、「学生だ、学生」といったささやきからは、やはり当時現場に居合わせたか、その関係者だった人たちの多くが会場に来ていた臨場感があった。1988年6月の閣議決定からの、それぞれの40年に思いをはせているかもしれない。

2本目の映画も、なかなか辺田部落の撮影時のラッシュについての小川プロダクション内の議論を敷衍するような時間の流れが続く。これまた聞き取りづらかったりでなかなかつらい。
とはいえ、彼らがどういう思いで「農村」を捉えていたのかといったことの一端がわかったような気がする。

13時半から17時半までずっとフィルムを見ていたわけだが、ようやく解放されたかのように展示を見に行く。
初めての人にも成田空港にまつわる闘争の歴史を、非常にわかりやすい形で伝えようとしていることが感じられ、好感の持てる展示。こうした生の資料をもう少し簡易にアクセス(常設展、インターネット、出版物など)できるようになるといい。
ここの展示場でもやはり、当時居合わせた人たちが観客の大半だったようだ。写真を見ながら、「あ、あれ○○のおっかぁだ」とか「あれ、○○だ」といった声が後ろから聞こえる。
また、老夫婦と壮年の子どもの親子連れが写真の前で語り合っているのを見ると、自分たちの「生の歴史」がこうして伝えられていくよいきっかけに展示がなっていることがわかる。やはり、人の現在を確認し未来を展望する際に、「歴史」というのは希求されるものだという気がした。

個人的には、三ノ宮文男さんの遺書のコピーが一番印象深いものだった。
マンガや物語では、どこか消毒されたきれいな「物語」として読むしかないのだけれども、実際の手の後が感じられるような小さな紙片にたくさん書かれたメモからは、いろんな思いが生っぽく感じられて伝わってきた。

映画も展示も、東京でやったのでは意味がなく、地元の成田で実施されたことに意味があるように思った。そういう意味で、よい企画であったように思う。

ついでに。お友達へ書いたメールのレポートも。


先日の成田は、よい企画でした。

映画自体は、やはり先日の「三里塚の夏」よりも緊迫した内容でした。開始早々から闘争の場面で、砦での攻防が続きました。砦の杭に鎖で身を巻き付ける人たちと杭を引き倒そうとする公団側の様子が、至近で撮影されていました。そのなかでも、砦内での意見交換の場面、鎖を巻き付けるときのおしゃべりなんかからそれぞれの人となりもうかがえました。

後半、1/3は穴蔵の中の様子でした。掘ったときの気持ちや「やっぱり人の掘った穴には(崩れてくるか不安で)行きたくないわ」といったコメントに笑いがありました。映画を通じて、BGMは一切なく、ラストシーンは、穴蔵を掘り続ける人たちの繰り返されるスコップ?の音で終わりました。

テレビや娯楽映画になれてしまった自分としては、相変わらず単調といえば、単調でした。また、聞き取りづらい方言、会場(ふつうの会議室ぐらいのイメージ)の関係で見えづらい字幕、さらには狭い会場の熱気と2時間半の長時間のフィルムとなかなかつらい時間ではありましたが(笑)、終わった後に会場から拍手が起きていた辺りは、人々にとって「記録」の持つ意味を改めて感じた次第です。

展示の方は、「分かりやすく伝えたい」という主催者側の意図が感じられる展示内容と方法でした。少なめの文章と、なるべく当時の様子が思い起こされるような新聞記事、資料の現物、ドラム缶(再現)、砦(再現)、ヘルメット、ヤッケ、三ノ宮さんの遺書(コピー)、歴史伝承委員会が実施した関係者へのインタビュー(11分・ビデオ)などが展示されていました。

映画、展示双方に感じられたのですが、来場者のほとんどが地元の人、地元のおじいちゃん、おばあちゃん、おじさん、おばさんでした。東京から来たような若い兄ちゃん、姉ちゃんという感じの人は、20人中1−2人といった割合で。映画を見ていても、「○○(人名)だ」とか、「学生だ、学生」といったささやきが聞こえたり、展示についても、2−3人連れで来ていた人たちが、昔の写真を見ながら、「これ、○○だべ」とか、「これ、○○のおっかぁだべ」といった雰囲気でした。

また、展示の方では、僕ら世代ぐらいの息子と、両親で来ていて、展示についていろいろ語りながら見ているのが印象的でした。
成田の事件が風化していく中で、地元の人にとっての歴史を再確認するよい企画だったと思っています。


国際文化会館行きのバスはなくて、駅から「イオン成田」への直通バスが出ていて、そこから徒歩で行く辺りが、なんとも郊外!でありました。
つれづれ | 固定リンク
(2006/12/04(月) 15:22)

copyright © 2005 いろいろ思うこと all rights reserved.
Powered by FC2ブログ. / PHPウェブログシステム3 / ネットマニア
ホームページ アフィリエイト レンタルサーバー FC2ブログ